【講演録】中島秀之氏(はこだて未来大学学長)①

 ソフトウェア・シンポジウム2009in札幌(SS2009)の初日、札幌は曇りで最高気温は18℃と現地の5月下旬並み。会場となった「かでる2・7」(道民活動センター)は北海道庁の裏手にあり、目の前が北大植物園だ。ニセアカシアの綿毛=写真2に映っている白点=が浮遊する爽やかな風と初夏の緑に包まれてシンポジウムがスタートした。はこだて未来大学学長・中島秀之氏による「新しい社会を創る情報技術~サービス工学の方法論を中心として」と題したオープニング・キーノートを採録する。

『IT記者会Report』2009/6.29
edit & photo by Hitoshi Tsukuda

▲旧北海道庁本庁舎。現道庁本社はこの裏手に建つ。

▲北海道庁に続く並木道。SS2009の会場となった「かでる2・7」の正面入り口は突き当たり(北大植物園)の交差点を左折したところ。空中に浮遊する白点は、ニセアカシアの綿毛。北海道の6月の風物詩でもある                             

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【講演録】中島秀之氏(はこだて未来大学学長)②

自分はどこにいるのか

 そこでシステムを作るとき、自分はどこにいるのか、ということを考えてみたいと思います。

 
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

川端康成さんの『雪国』の第一文です。日本人ならみんな知っているといっていいくらい、有名な小説です。この第一文をサイデンステッカーという人が英語に訳したのが次の文です。

 
The train came out of the long tunnel into the snow country.

 これを再度、日本語に直すと「列車は長いトンネルを出て、雪国へ入っていった」となる。日本語の場合は自分が列車に乗っている。英語だと鳥の視点になる。英語でも日本語のように表現できないわけではないけれど、サイデンステッカーさんの英訳は鳥の視点だった。
 川端康成さんの文章は、自分がその中にいる、英訳は外にいる。これを科学と工学の話に置き換えると、科学者は外にいて観察する。工学者は中にいる。ということで、工学の視点は非常に日本的なんだということが分かります。


 〈川端康成「雪国」の視点〉

〈サイデン・ステッカー版英訳の視点〉

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【講演録】中島秀之氏(はこだて未来大学学長)③

群れの意思決定を支援

 もう一つ、現在の情報技術っていうと、どうしても〈個人にとっての利便性〉ということになるのだけれど、人のかたまり、群れの意思決定を支援するということを、我われはもっと追求していい。動的資源割当というシミュレーションの話ですけど、社会のリソースの効率を上げることができる。
 ちゃんと有効に機能しているかどうかは疑わしいとしても、現在の国会は代議員制なんだけれど(笑)、その意思決定をインターネットでやることだって可能になる。代議員制度というのは、これまでは国会にすべての有権者を収容できないという物理的な制約があったからにほかならない。ですが、インターネットで総ての国民に意見を聞くことができる時代になった。それだと衆愚政治になるという意見があるけれど、それは情報技術とは別の話です。
 で、情報技術が社会の仕組みを変える、新しい時代を創るということを、産総研で取り組んだ実証実験の事例などを紹介しながら考えてみたいと思います。

 交通混雑の解消
 カーナビゲーションシステム、略して「カーナビ」というのがあります。行き先を指定すると、混雑した道路を避けて最適なルーティングをしてくれる。知らないところに行くときなんか、たいへん便利なんですけど、目的地が遠い場合、最適なルーティングというのは実はあまり当てにならない。目的地を入力したときの混雑状況は分かるけれど、そこに到着するのは数時間後なので、状況が変わっている。
 2003年にトヨタの人が調べた結果がありまして、当時のカーナビですから「VICS」ですけど、普及率は20%でした。そしてVICSカーナビ装備の最適値も20%という結果だった(笑)。
 これってどうもおかしいので、よく調べると、カーナビを装備している車が混雑している道路から外れるので、混雑が解消した。ということはカーナビ装備率が上がると、装備車が一斉に混雑している道路を避けるので、別のところに新しい混雑が発生してしまう。
 そこで、現在地と目標値の情報を集約して共有するマルチエージェントの仕組みを考える。それができると、カーナビは全体の情報から最適なルーティングを行うので、協調型カーナビを持っている車が早く目的地に到着する。それで、他の車も利益を受ける。
 ETCを使えば、高速道路だけではなくて、一般道路の車線でも、このレーンは200円とか500円とかにして、最適化を図ることができないわけではない。それは経済原則の話なんですね。道路行政をやっている人はそれに気がついていないのかもしれない。

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