ネットワークニュース社代表取締役・竹田義則氏~人間回帰のITを/取材25年を振り返る①

 コンピュータ業界に絞った日刊通信社としてネットワークニュース社が発足したのは1983年の4月。今年3月で満25年となる。主筆の竹田義則氏はIT専門ジャーナリストの第一世代、我われの大先輩だ。日本を代表するIBMウォッチャーとして知られ、現在は業界の“ ご意見番”的な存在といっていい。今のように潤沢な情報がなかった時代、日刊通信紙を創刊したのにはどのような思いがあったのか、現在のIT関連報道やその従事者に欠けているもの、業界の今後のあるべき姿は何かなど、忌憚なく語ってもらった。

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竹田義則氏~人間回帰のITを/取材25年を振り返る②

購読と広告は考えなかった

 ――素朴な疑問がいくつかあるですが、まず創刊しても収入がなくちゃやっていけない。購読料と広告ですが、それはどうだったんですか?

竹田 実は、そのことはあまり考えなかった。コンピュータのユーザーはどんどん増えてるし、OAブームでオフコンやパソコンが注目されて、ソフト業が勃興していた。まさに燎原の火のごとく、だよね。購読の1,000や2,000はすぐ獲得できる、と見込んだんです。お金がなかったから、簡易印刷にして、その代わり第三種だけは取って安くあげよう、と。ソロバンを弾くと「これは儲かるぞ」と思ったけど、実際はそんなに簡単な話じゃなかった。

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竹田義則氏~人間回帰のITを/取材25年を振り返る③

バトルフィールドが変わる

 ――マルチステーションね。NECはPC9800シリーズとNEAC5300/5200シリーズ、富士通はFACOM9450とFMRシリーズだったかな? 端末かコンピュータか、メーカー自身も整理できていなかった。そこにIBMが参入してきたんで、ビジネス向けのパソコンが各社のバトルフィールドになった。
竹田 でも、やっぱり花形は大型コンピュータだよね、っていう人が大勢いて、たぶん私もその一人だったんだろうけど、32ビット機が出たときね、こりゃ世の中が変わるぞと思いましたね。エンジアリング・ワークステーションが登場して、ミニコンに取って代わるようになったでしょ。世の中が変わるぞ、って思ったのは、パソコンやワークステーションの処理性能だけじゃなくて、ネットワーキングの世界が広がったときですよ。

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