経済激震 IT産業への影響を探る ④
――詳しいといっても業界のごく一部のことですよ。何せ情報サービス業を名乗る企業は全国に1万2千社とも2万、3万とも言われているんですから。
竹田 経産省の特サビ(特定サービス産業実態調査)は何社だったっけ?
西田 今年の8月に発表された平成19年分だと、ソフトウェア業はざっくり言って9700社、情報処理業が4500社。1万4000社というところですね。ついでだから従業員数と売上高を調べたんですが、ソフトウェア業は54万7000人で13兆4000億円、情報処理業は23万8000人で5兆4000億円ということになってます。合計すると従業員は約80万人、売上高は18兆8000億円。これを業務で見ると、ソフトウェア業務の従業員は50万人とちょっとで10兆2600億円、情報処理業務は20万2300人で4兆2000億円。
――あれっ、私の記憶と違うな。「84万人・16兆円、非正規雇用が4万人」と覚えていたんだけど。
西田 佃さんが言ってるのは18年度の数字。ソフトウェア業が2万人、情報処理業も1万5000人減ってますね。調査対象の企業数も減ってるんで、業界が縮小したということではなさそうですけど。
――そうか、世の中は刻々と変化しているんだ。(笑)
室 でも売上高は2兆円も増えてるんだから、たいしたもんだよ。
――それが曲者でね。“真水”を見ないとミスリードになっちゃう。
竹田 “真水”っていうのはどれぐらいなんだろう。半分として5兆円。
――半分なら9兆円じゃないですか。
竹田 いや、ソフト業の。特サビでは10兆円なんでしょ?
西田 ソフトウェア業務ですね。
――情報処理実態調査ではユーザーサイドの情報処理費用を調べてるんですけど、それだとだいたい7兆円程度と見ていいんじゃないですか? 平均して外注比率が35%で4階層だと“真水”が1.5から2倍に膨れ上がりますから。
3割から5割は不要になる
室 じゃ、“真水”を直受けでこなしてたらソフト業の従業員は3割から5割は要らなくなるわけだ。
竹田 でも50万人が食ってるわけでしょ?
西田 だから3Kなんじゃないですか。
――要するに多重下請け構造で見せかけの仕事が2倍ぐらいに膨らんでいるわけですよ。それを人手でこなすから、人がおおぜい必要になる。乱暴に言えば、もしソフトの生産性が高くなったら、50万人のうち20万人ぐらいは不要になる。中にはソフト業界に来ちゃいけない人だっている。
竹田 バブルのときはそうだったけど。ちょっと差別語みたいなんでさすがに記事にはしなかったけど、「目と鼻と口が付いてればどんなヤツでもいい」なんて、平気で言ってた時代だから。
西田 今でも基本的には変わらないですよ。三次、四次以下のカギカッコ付きのソフト会社では相変わらずです。求人に応募してきた全くの素人を1週間か2週間、エクセルか何かいじらせて客先に送り込んじゃう。そうすれば毎月、給料分以上は稼げる。
室 まだそんなことやってるの?
――まだ、っていうか、それが当然なんじゃありません? われわれは「多重下請け構造が悪い」ってステレオモードで書くんだけれど、何がよくないのか、厳密には分かっていない。
室 そう言われたらそうかもしれない。下請け構造は機械産業でも食品産業でもある話だからね。
竹田 むしろ下請け構造ができるのは、産業として形成が進む、ということでもある。
――なぜソフト業界の下請け構造がよくないことかっていうとね、ピンハネだからですよ。例えば製造業の場合はまず原価があって、それに加工料と利益を乗せている。一見すると似ているけれどピンハネは上から下に流れる搾取の構図、利益を下から積み上げていく付加価値化の構図じゃない。
室 なるほどね。ソフト業は付加価値産業じゃないんだ。
――もっというと、ユーザーが月80万円を払っているとして、その仕事が二次、三次、四次に流れていって、そのたびにピンハネが行われて、最後に月額60万円になるとしますよね。これって、ほとんど詐欺に近いでしょ?
竹田 80万円を出しても実際は60万円の価値しか手に入らないわけだ。
“裸の王様”のほうが平和
――200万円の自動車だって、そりゃメーカーもディーラーも利益を上乗せしてるわけです。でもそれを込み込みで、分かっていて200万円という値段を納得して買う。ソフト業はお客さんを騙くらかして利益を出してるようなもんなんですよ。
室 しかしこういう状況になると、それがバレちゃうでしょう?
――とっくにバレてるけど、何となく続いてきちゃった。ユーザーも一次請けのSIerも、みんな“裸の王様”でいたほうが平和なんですね。
竹田 面白い話があってね。仕事がなくなってくるとね、給料が出ればいいという話になって、しまいには0よりいい、と。
――どういうこと?
竹田 仕事がなかったら、会社は給料分が丸損になるじゃない。それだったら月5万円でも10万円でも稼げればいい、っていう発想になる。
室 当社(うち)は月額60万円以下では仕事を受けません、なんて言ってたら仕事が来なくなるもんね。
西田 ソフト業っていうのは人件費がイコール原価みたいなものだから、リストラしちゃえば原価はどんどん下げられる。ソフト業の在庫調整が余剰人員のリストラというわけですよ。
――今年の春先までソフト業で「人が足りない」って言ってたのは、実はソフト需要のバックログを処理していただけなんですね。この秋口から人余りになることは決まっていたようなもんなんで、そこに激震が来た。
室 これまでの話だと、これからソフトは作らなくなる。となると、ソフト業の人余りは尋常じゃないよ。
――潜在的には1割が失職状態じゃないですか。これから先の仕事が決まってない人がそれくらいはいると思いますよ。
竹田 1割として5万人、か。景気の減速が後退局面に入っていくと、10万人は余剰することになる。いや、もっとかな?
――最悪のシナリオでいけば20万人は要らなくなるでしょうね。それじゃなくても日本IBMやNTTデータが二次請けから下には仕事を出さない、と決めてるし。
外注絞込みが健全化につながるか
西田 去年あたりから、情報サービス業の一次請けレベルの企業が協力会社の絞込みを始めてますよね。
―一方で外注を増やすという会社もある。
竹田 そりゃ公の場で「減らす」とは言わないよ。協力会社が警戒しちゃうもの。
西田 外注企業の数を減らすけど、全体のボリュームは減らさない。さっき室さんが言ったショックアブソーバーの機能は温存しておきたいわけだから。ただし絞り込むぞ、と。
竹田 コンピュータメーカーにしても大手の情報サービス会社にしても、この景況で外注政策を進めやすい環境が整うわけだ。
室 派遣法の問題もあるし、それなら業界の健全化につながることといえなくもない。切られる側にとっては死活問題だろうけど。
――ただね、派遣型のソフト業はそう簡単には消えませんよ。それなりに需要はあるんだから。
竹田 バブルがはじけて、銀座の店が100軒つぶれたけど、100軒新しい店ができた、というようなことだよね。でもそうやって業界が揺さぶられていくうちに、本当に技術で食っている会社が残る、ということになるんじゃないか?
室 鉄とか自動車なんか、何回も不況をくぐってきてるでしょう? アメリカからスーパー301条を突きつけられたこともある。ソフト業は誕生してやっと40年かそこらだし、不況らしい不況はバブル崩壊しか経験してないわけですよ。そういう意味からいっても、今回の景気後退は健全な業界に向けた揺さぶりととらえていいかもしれませんね。
――そうなるかどうか、ね。首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つ、っていう感じが強いんでしょうけど。
竹田 それは許されないだろう。景況はそんなに甘くない。何と言ったって「100年に1度の経済激震」なんだから。
(以下次号)
「090座談会」カテゴリの記事
- J-SaaS「全国キャラバン」レポート ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~⑥(2009.04.02)
- J-SaaS「全国キャラバン」レポート ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~⑤(2009.04.02)
- J-SaaS「全国キャラバン」レポート ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~④(2009.04.02)
- J-SaaS「全国キャラバン」レポート ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~③(2009.04.02)
- J-SaaS「全国キャラバン」レポート ITに使われない方法~要点は顧客と社員の満足度~②(2009.04.02)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント